
食欲があるのに犬が下痢をするとき
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二次診療施設で消化器内科医として診療に従事してきました。
これからは身近に相談できる消化器内科医として、皆さんのお悩みを一緒に解決していきたいと思います。

「内視鏡の検査をしたほうがいいかもしれません」
獣医師からそう言われたとき、多くの飼い主さんがまず感じるのは不安だと思います。全身麻酔をかけるの? うちの子に負担はないの? 費用はどれくらい? そうした疑問が次々に浮かぶのは、ごく自然なことです。
ただ、不安の多くは、検査で何をするのか分からないことから生まれています。
検査は何のために行うのか。何がわかり、何がわからないのか。結果をどう使うのか。こうしたことが分かると、内視鏡検査への印象はかなり変わるはずです。
この記事では、犬の消化器内視鏡検査について、検査の目的や流れ、生検の仕組み、病理結果の受け止め方をお伝えします。
※この記事で扱う「内視鏡」は、口や肛門からカメラを挿入して消化管の内部を調べる消化器内視鏡(軟性内視鏡)です。お腹に小さな穴を開けて手術を行う腹腔鏡(硬性内視鏡)とは異なります。

消化器内視鏡検査は消化器症状の原因を調べ、適切な治療方針を立てるために行います。
犬が慢性的な下痢や嘔吐を繰り返している場合、これまでの検査結果と治療への反応を確認し、内視鏡検査の必要性を判断します。
まず、血液検査や糞便検査、超音波検査(エコー)などで、感染症や寄生虫、臓器の異常、腫瘍などの原因がないかを調べます。全身状態が安定している場合は、食事療法を一定期間試し、症状が改善するかを確認します。それでも改善が見られない場合には、粘膜を観察し、組織を採って調べる内視鏡検査を検討します。ただし、体重減少や低アルブミンなどがある場合は、食事療法と詳しい検査を並行して検討することもあります。
つまり、内視鏡検査は「最後の手段」ではなく、ここから先の治療をどう進めるかを決めるための、重要な情報収集の手段です。血液検査やエコーでは見えなかった消化管粘膜の状態を、直接の観察と組織の検査で確認します。それによって初めて、「この子に何が起きているのか」の答えに近づくことができます。
慢性的な消化器症状の診療については、当院の消化器内科のご案内もご覧ください。

消化器内視鏡検査には、大きく分けて二つの役割があります。「見る」ことと「採る」ことです。
内視鏡の先端にはカメラとライトがついており、消化管の内部をリアルタイムで映像として確認できます。粘膜の色や腫れ、出血、潰瘍、ポリープ、構造の異常などを、直接目で見て評価できます。
レントゲンや超音波検査では「外側から」消化管の状態を推測しますが、内視鏡は「内側から」粘膜そのものを観察します。これは他の画像検査では得られない情報です。
上部消化管(食道・胃・十二指腸)は口から、下部消化管(直腸・結腸など)は肛門からスコープを入れて観察します。肛門側からは、小腸の末端にあたる回腸も調べますが、実際に到達できる範囲は体格や腸の状態、機器によって異なります。慢性腸症などが疑われる場合は、上部・下部の両方から検査を行うことが推奨されています。
内視鏡のもう一つの重要な役割が、生検(せいけん)です。
スコープの中には細い管が通っています。その管に、生検鉗子(せいけんかんし)と呼ばれるクリップ状の器具を入れると、粘膜のごく一部を採取できます。採った組織を病理検査に出し、顕微鏡で細胞の状態を詳しく調べます。
見た目に異常がなくても生検を行うことが重要です。
慢性腸症をはじめとする消化器疾患の多くでは、肉眼で見ただけではわからない変化が粘膜の内部で起きています。炎症の種類や程度、免疫細胞の異常な集まり、リンパ管の拡張などは、顕微鏡で組織を観察して初めて判断できるものです。
慢性的な消化器症状の原因を調べる際は、粘膜を観察するだけでなく、組織を採って病理検査で調べることが重要です。見た目の所見と組織の所見を合わせて、診断を進めます。
消化器内視鏡は、診断目的だけでなく、飲み込んでしまった異物(おもちゃ、骨、ヘアゴム、布など)の摘出にも使われます。胃の中にある異物であれば、開腹手術をせずに内視鏡で取り出せるケースも多く、体への負担を大幅に軽減できます。
ただし、異物の大きさや形状によっては、内視鏡での摘出が難しく、手術が必要になることもあります。すでに小腸に移動している場合も同様です。

内視鏡検査がどのように行われるか、当日の流れをご説明します。
消化管の中を観察するため、検査前には胃腸の中を空にする準備が必要です。絶食は通常12〜18時間を目安にご案内しますが、食事や水を止める時刻は、犬の状態に合わせた個別の指示に従ってください。当院では、下部消化管(大腸)を検査する場合、原則として浣腸を行います。
当院では、午前中にご来院いただき、お昼の時間帯に検査を行い、夕方にお迎えいただくのが一般的な流れです。朝から夕方までお預かりするのは、内視鏡の前後に点滴を行い、麻酔に向けた準備と回復後の状態確認をするためです。点滴の量や速度は、その子の体調に合わせて調整します。
犬の内視鏡検査には全身麻酔が必要です。人の胃カメラのように、説明を聞いて意識のある状態で動かずにいることはできません。体の動きを抑え、安全に観察や組織の採取を行うため、全身麻酔下で実施します。
検査に先立ち、血液検査を含む麻酔前検査を行い、全身の状態を評価します。心臓や肝臓、腎臓に問題がないかを確認した上で、麻酔の薬や投与量をその子に合わせて調整します。
麻酔中は心拍数、呼吸、血圧、酸素飽和度、体温などを継続的に確認し、獣医師と動物看護師が付き添って管理します。短頭種(フレンチ・ブルドッグ、パグなど)や高齢犬では、気道の管理にとくに注意を払います。
内視鏡検査はお腹を切らずに行えるため、開腹手術に伴う傷や回復の負担を避けられます。ただし、全身麻酔のリスクがなくなるわけではありません。犬の体調や持病、検査の内容を踏まえて判断します。
麻酔がかかった状態で、内視鏡のスコープを口から挿入し、食道、胃、十二指腸の順に観察していきます(上部消化管内視鏡)。必要に応じて、肛門からスコープを挿入し、直腸、結腸、回腸の一部を観察します(下部消化管内視鏡)。
観察しながら、各部位の粘膜から生検鉗子を使って組織を採取します。採る組織はごく小さなものですが、出血を伴います。病変の状態や血の止まりやすさにも注意しながら進めます。
スコープの操作自体にかかる時間は、40分前後が目安です。検査する範囲や処置の内容によって変わります。
麻酔から覚めた後、しばらく病院内で安静にしていただき、状態が安定したらご帰宅いただけます。多くの場合は日帰りです。
当院では、検査当日は絶食・絶水とし、病院で点滴を行います。麻酔の影響で飲み込む働きが十分に戻っていないと、食べ物や水が気道に入り、誤嚥性肺炎などにつながるおそれがあるためです。翌朝から少量の水や食事を与え、むせる様子がなければ、1日かけて通常量へ戻していきます。持病や回復の状態によって対応が変わる場合があるため、退院時の指示に従ってください。
検査後には、軟便、下痢、嘔吐、食欲低下、活動性の低下、便や嘔吐物への血の混じりが一時的に見られることがあります。当院では、こうした変化が起こり得ることを事前にお伝えしています。多くは数日で落ち着きますが、1週間ほどかかる場合もあります。
ただし、1週間は様子を見てよいという意味ではありません。何度も吐く、ぐったりしている、出血が多い・続く、呼吸が苦しそうといった場合は、すぐに当院へ連絡してください。症状が改善しない場合や長引く場合も、もとの病気の影響と決めつけず、ご相談ください。

生検で採った組織を病理検査に出す流れは、どの病院でも同じです。ただし、生検の質によって、病理検査で得られる情報の精度は大きく変わります。
生検で採取できるのは、粘膜表面のごく小さな組織です。この小さな組織から正確に診断するには、次の条件がそろっている必要があります。
検体の数 ― 病変が一部にしかない場合、検体が少ないと見逃す可能性があります。そのため、調べる部位ごとに十分な数の検体を採取することが重要です。必要な数は、採取する部位や検体の質によって異なります。
検体の質 ― 組織の大きさ、深さ、損傷の有無も診断に影響します。粘膜層(粘膜上皮・粘膜固有層・粘膜筋板)が十分に含まれていると、病理医が評価しやすくなります。ここでいう粘膜筋板は、腸壁の深い部分にある筋層とは異なります。組織が小さすぎたり、採取時に潰れたりすると、十分な情報が得られないことがあります。
観察する部位の範囲 ― 上部消化管(胃・十二指腸)だけでなく、下部消化管(結腸・回腸)からも生検を行うことが、とくに慢性腸症の診断では重要とされています。近年の研究では、回腸(小腸の末端部分)の生検が診断精度を高めるケースがあることが示されており、上部・下部の双方向からの検査が推奨されています。
適切な部位から、十分な数と大きさの検体を、損傷なく採取するには、繊細な技術が必要です。これらの条件は、内視鏡を操作する獣医師の技術と経験に大きく左右されます。消化器内視鏡の経験が豊富な獣医師ほど、診断に役立つ検体を採取できる傾向があります。
すべての内視鏡検査が同じ結果をもたらすわけではありません。生検の質がその後の診断と治療方針に直結することを、知っておくと役立つかもしれません。

当院の消化器科では、消化器内視鏡の経験を持つ獣医師が検査を担当します。消化器の専門診療をどの程度経験し、どのように検査を行ってきたかを大切にしています。
担当医は、消化器専門の二次診療施設で5年間にわたり消化器内視鏡検査に従事し、数百件以上の検査を実施してきました。人の医療を扱う日本消化器内視鏡学会に所属し、人医療の内視鏡技術や知見も学んでいます。また、JAHA(日本動物病院協会)の総合臨床医の認定を受けています。
生検では、十分な数と質の検体を採取することが重要です。当院では、回腸を含め、疑う病気に応じて必要な部位から組織を採ることを重視しています。消化管型リンパ腫との鑑別も含め、病理医が判断するために必要な検体の採取に努めています。
当院では、富士フイルム社製の動物専用内視鏡の最新モデル(2025年7月時点)を使用しています。人の医療で使われる内視鏡と同等の画質・性能を備え、細かな粘膜の変化を観察できる機器です。

内視鏡検査で採った組織は、後日、病理検査で詳しく調べます。病理結果が返ってくるまでには、通常1〜2週間ほどかかります。病理所見に症状やほかの検査結果を合わせて診断します。
採取された組織は病理専門の検査機関に送られ、獣医病理医が顕微鏡で詳しく調べます。確認するのは、粘膜の構造に異常がないか、炎症があるならどの種類の免疫細胞が増えているか、その程度はどのくらいか、リンパ管の拡張はないか、腫瘍性の変化はないか、といった点です。
国際的には、世界小動物獣医師会(WSAVA)が作成した標準化基準に沿って評価することが推奨されています。これにより、病理医ごとの判断のばらつきを抑え、より客観的な診断につなげる取り組みが進められています。
病理検査の結果は、獣医師が直接ご説明します。「リンパ球形質細胞性腸炎」「好酸球性腸炎」「リンパ管拡張症」など、聞き慣れない診断名が出てくることもあるかもしれません。
診断名そのものよりも、「その結果をもとに、これからどう治療を進めるか」が大切です。内視鏡検査の目的は病名をつけることではなく、治療の方向性を決めることにあります。結果の説明を受ける際には、今後の治療方針、薬の必要性、食事管理、再検査の時期などについて、遠慮なく質問してください。
病理検査の結果が「明確にこの病気です」と断定できない場合もあります。炎症と腫瘍の境界が判断しにくいケースでは、免疫組織化学染色(特殊な染色で細胞の種類を詳しく調べる方法)などの追加検査が提案されることがあります。
追加検査では、通常の病理検査だけでは判断しきれなかった点を詳しく調べます。ただし、追加すれば必ず診断が確定するわけではありません。何を確かめるための検査か、結果によって治療がどう変わるかを担当医と相談してください。

以下は、当院の担当医が2026年2月に回答した費用の目安です。現在の料金や、各項目に含まれる検査・処置は、診察時の見積もりでご確認ください。
内視鏡検査 ― 15万円前後が目安です。
術前検査 ― 6〜8万円が目安です。
病理検査 ― 2万円が目安です。追加検査が必要な場合の費用は、別途ご確認ください。
ペット保険に加入している場合、内視鏡検査が補償対象になることがあります。加入されている方は、事前に保険会社に確認しておくとよいでしょう。
開腹生検を予定する場合は、手術や入院にかかる費用も確認します。検査方法は金額だけでなく、調べたい病変と犬の状態を踏まえて選びます。内視鏡を受けた後に必ず開腹生検へ進むわけではありません。

検査を受けることになったら、担当の獣医師に次の点を確認しておくと役立ちます。
これらの質問をすることは、獣医師にとっても歓迎すべきことです。飼い主さんが検査の内容を理解した上で臨んでいただくことが、よりよい医療につながります。

内視鏡検査を勧められて、不安を感じてこの記事にたどり着いた方もいらっしゃるかもしれません。
内視鏡検査は「中を覗く検査」ではなく、愛犬の治療の道筋を決めるための、大切な情報を集める検査です。検査で分かることと分からないこと、生検の質が重要な理由、結果がすぐに出ない理由を知っているかどうかで、検査への向き合い方は大きく変わります。
検査がよく分からず、怖いと感じるのは当然のことです。
でも、知ることはできます。知った上で、愛犬のために何がベストかを考える。それが、飼い主さんにできるいちばん大きなことだと思います。
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二次診療施設で消化器内科医として診療に従事してきました。これからは身近に相談できる消化器内科医として、皆さんのお悩みを一緒に解決していきたいと思います。